ニュージーランドでの生活

クライストチャーチ(南極に行く船が最後に給油する地、ニュージーランド)に永住。 日常を書く

生きる 幸せとは・・?

中小企業の社長さんは 自転車操業に疲れると 自殺とか 蒸発とか考える。 でも 中小企業の社長さんである私は 自殺はしないで 時々蒸発して 短期ホームレス生活をする事にしている。

昔 東京で 朝のラッシュ通勤時にあくせくとしていた 私の眼の中に飛び込んでくるのは・・・ のんびりと横になって 新聞とか雑誌とかを読んでいる ホームレスの人達だ。

その人達を見て 真剣に羨ましく思った。 

朝から晩まで 時間に追われて 自分の時間は全くない毎日。 一週間が あっという間にすぎ 一か月だって 一年だって あっという間に過ぎて行く 私の生活。 

それに 引き換え ホームレスの人達にとっては 時間に追われる事はない。 お金がなくても どうにか食べていける。 物のあふれるこのご時世なら 食べる物は ふんだんにある。

もしかしたら 我々より いい物を 食べているかもしれない。 私の友人が新宿に自分の オフィスを持ってビジネスをしてる頃 彼女は よく 新宿御苑を突っ切って通勤していた。 

その頃 そして 彼女は その新宿御苑で よくホームレスの地べたの車座に座った飲み会に誘われたそうな・・・。

で 好奇心旺盛な彼女は その飲み会の誘いに応じた処 「あの人達は 私等よりいい物を食べてるのよ〜〜 どこの料亭のが おいしいとか おいしくないとか…彼らの舌は肥えてるんだから〜! 酒だって 贅沢なのを どういう訳か バーの裏から 貰ってくるんだって!」 と 感想を述べていた。

おまけに 彼等には 時間と言うものの 奴隷ではない。 24時間 365日 全部自分の自由な時間なのだ。 そんな贅沢な生活はないのではないか。

“乞食は 三日やったら やめられない” と いうではないか。 ホームレスと乞食とは ちょっと違うけれど・・・。 しかし 時間に追われていない事には かわりはない。

はたして 私も 今はここ ニュージーランドに住み 東京とは 全然違う環境にはあるが… 最近 毎日の生活がマンネリ化し… 時間に追われてばかりいる。 あっと いう間に 一週間 一か月 一年と経ってしまう。 

歳をとって来ると なんと! 10年が アッと言う間に過ぎるのには愕然とする。 

私は 今年で 59歳 還暦はもうすぐ。 そん中 10年がアッと言う間に過ぎてしまっては いけないのだ・・・! こんな状態ではいかん! いかん! と 思いつつ それでも 時間に追われる毎日だった。

そして 私は 蒸発を決め込んだ。 つまり 日常の生活から完全にワープ。 私の車の後ろは屋根のついた荷台。 そこにシングルサイズのマットレスをいれ 余った隙間に 二つの箱を置いて その上に板を置けば 立派な 食台件 調理台件 机 になる。 

箱の中には 料理をするバーナー他 料理に必要な物一式。 水5リットルポリ容器。 寝袋 自分の好きな枕。 これで ホームレス生活の準備は万端である。

町をでて 田舎の道路を 時速120〜130kmで すっとばすと あっという間に どこにでも行ける。 目指すは 国立公園。 クライストチャーチの町から 1時間から 2時間の間に 無数の 国立公園入り口 つまり とらんパー(登山者)達が 山小屋に泊まったりしながら 登山を楽しむ為の入り口、 がある。 その入り口付近は 無料のキャンプ場にもなっている。 

トイレと 水道があるだけの 簡単な作りではあるが・・レベルは最高級である。 まず 景色抜群。 近くに川が流れている事が多く 水もきれいだ。

車の置ける場所は 地固めがしてあって ぬかるみになる事は一切ない。 他の敷地は 最高に手入れしてある芝生 もしくは ブッシュ もしくは 林・森になっている。 

キャンプ場の敷地は かなり広く でっかいキャンピングカーが 何台も 入ってきても テントが たくさん張ってあっても… それでも 自分一人が 森の中に潜んでいる感じがするくらい のプライバシーも保てる。 人の話し声とか 生活音が 一切聞こえない。 彼らも 夜も9時になると 完全に寝静まってしまう。

都会のように 夜はないと言う事はない。 ハッキリと キッパリとけじめをつけて 日暮れと共に 本物の夜はやってきて・・・ まさに ”草木も眠る・・” と 言う具合になる。 

新鮮な空気が漂い、 森林浴を楽しみつつ 時々 たくさんの野鳥も 遊びに来てくれて 目を楽しませてくれる。 そこで 米をとぎ 味噌汁何ぞ作って 持ってきた 野菜何ぞを 味噌汁に入れる。ひとつのプラスティックのカップに味噌汁を入れて ご飯は 飯ごうから直接食う。 

食事が終わっても そのまま バーナーで沸かしたお湯を入れて ちょちょっと濯いで 拭けば それで食器洗いも 食事もすべては終了。 その辺に適当に持って来た紐を張って そこに 布巾だの タオルだのを かけておけば すぐ乾く。

何日かに一回は モーターキャンプに行って そこで シャワーをすれば それほど臭くはない。 着替えも面倒であまりしないので 洗濯物も 出ない。 つまり どんどんホームレス路線を一直線に走っているような気がする。 三日もすれば 車の荷台の中は どんどん所帯じみてきて これから 何年だって この状態で 楽に生活して行けそうな気がしてくる。

こうなれば もう 立派なホームレスになれたも同然。 もちろん! 時間はたんまりあるから 歩きたいと思ったら 近くのトレッキングコースを歩いてみる。 疲れたら ひっくり返って 好きな本を何時間も読む。 腹が減ったら 近くの川に降りて行って 冷やしておいた 果物を食ったり 飯を炊いたりする。

雨が降っても それは それ なんか ヌクヌクと 寝袋にくるまって 本なぞ読んでたりすると 幸せな気分になる。

ざま〜みろ! あたしだって やるときゃ〜やるさ〜! と あの東京の地下道で24時間365日自由をむさぼっていた ホームレス達に リベンジした気分になれる。 

夜 トイレに行く時 ふと空を見上げると 宝石をちりばめたような とは このことよ〜〜〜! とんでもなく たくさんの星がきらめいている。

ミルキーウェイとは よく云ったもので 本当に小さな星がびっしりと集まっていて それが あまりたくさんあるから そこだけが 白くなっている… だから ミルキーウェイと いうんだな〜〜 と すごく納得が行く。

流れ星と云うのは そんなに見ないものだと思っていたが・・ 周りに光の全くない山の中では 流れ星は たくさんあるのだ。 これも ホームレス的山の生活をして はじめて発見! 今夜は何個の流れ星をみるだろうか・・・。

まさに 三日やったら やめられない生活だ。 でも 明日は 帰らねば・・・ 明日こそは 帰らねば・・・ と 思うところが 偽ホームレスの情けないところだ。

いつかは 本物になろうと 企んでいるのだ・・・。

  1. 2010/02/24(水) 07:40:11|
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生きる 悪阻(つわり)



妊娠6ヶ月で 体重が40kg代を切って 30kg代に突入した頃は 胃液も出ず 緑色の苦い胆汁しか出ない状態だった。 もちろん 食物を口にする事は一切出来ず 水を飲むにも 立ち上がって 水道にたどり着くエネルギーもなかった。 

その為 ひどい脱水状態で入院 そして 以来点滴で私の命を繋いでいた。

アメリカでは そのひどいつわりの為に 精神状態が正常に保つ事が出来なくなると言う実情が多数あると言うのを聞いた事がある。私も 又 そうだったのかもしれない。 今を思えば・・・。

お腹の子供は 医者はもう保障はしないと 見捨てていた・・・ それもそのはず 看護婦がいつも 赤ん坊の心音がきこえませんと 医者に言っていたからだ・・。

毎朝の検診に来る医者は もう子供は諦めろ そうでないと母体が危ないとしか言わなかった。 でも 時々でも ささやかに聞える子供の心音だけで 生きてる私にとって それを殺せと言うのは 自分を殺せと言われているようで 首を縦に振る事はできなかった。

そんな状態でも 入院代の払えない理由で 又 自宅に戻るハメになる。 が そこには 夫は居なく 夫は暖かい食事をふんだんに与えてくれる彼の母親の元で暮らしていた。

そして タマに自宅に帰ってくる夫は 私に対して 床を上げろ ちゃんとしろ としか言わなかった。 水を飲むのに立ち上がる事も出来ない私に対して そう言う要求ばかりするが 私には どんなに頑張っても へなへなの体で床に這いつくばるしか能はなかった・・・。

彼にとって つわりと言う物は 彼の母親の言う “夫の妻への甘やかしから来る”と言う以外の何物でもなかった。
  1. 2010/02/19(金) 08:43:52|
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生きる 水素風船自動販売機




子供を産み 産後の肥立ちが悪く寝たり起きたりしていた頃 生活費をやりくりするのも大変だった。 動かない体だったが 金を稼ぎたい 稼がなければ・・・! と言う 焦りと苛立ちはつのるばかりと 言う時に “風船の糸巻き”と言う内職をゲットした。

内職と言う代物を知ったのもその時が最初であり 実際にやりだしたのも その時が最初だった。 仕事が得られると言う つまり 金が稼げると言う事が 私の心に光をさす この“内職”なるものに 飛びついたのは 言うまでもない。

しかし ちいさなプラスティックのコイルに 糸を巻いて切ると 言う一つの作業が 数銭の稼ぎ。 それがどういう意味かは 一ヶ月してやっと わかった。 一日手首を動かして 何個も何個も その風船の糸巻きをする。 赤ん坊である子供の世話をする以外は 常に手首を動かしている一日。 一日中起きている時は 手首を動かしていた。

そして 家中の床に山積みにされた 糸巻きコイルを見ながら 一日の稼ぎが 100円。 一日の食費がこれででる。 一ヶ月3千円と考えれば そんなに悪くない。 その頃大学新卒で月15万円ぐらいであったが 自分の行為は 銭を稼ぐ事には変わりはなかった。

そして 何ヶ月かした頃 私の手首に軟骨のような物が突き出して来ているのを発見。 ガングリオンだ。 腱鞘炎といわれた。 それでも 手首に包帯をしつつ 痛みがあっても 辞めることなく 月三千円を得る為に続けた。

ある日 疲れて スーパーの便所の横に 設置してある自動販売機で 風船を買っている親子をぼんやりと見ていた。 風船に空気が入り 風船がドンドン機械の中で膨らむ・・・ その後 糸がスルスルと伸びて 自動販売機からその風船が 立ち上り・・ それを 掴んだお母さんが 子供に与えていた。

あれが 私の 月三千円の “風船の糸巻き”だ・・・ と 知ったのだった。
  1. 2010/02/19(金) 08:11:16|
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