ニュージーランドでの生活

クライストチャーチ(南極に行く船が最後に給油する地、ニュージーランド)に永住。 日常を書く

生きる 自殺願望



私が 21歳の頃 自殺しか考えてなかった時があった。 

幼い子供の頃は 何がなんだか わからずに過ごしてきた。 

10歳を過ぎた頃から 自分の存在自体が 親にとって うっとおしい存在でしかないと言うのを 感じ始めた。 これは 私がひねくれた性格だから と 言われてしまえば それでお終いだが・・・。

幼児の頃 私はほとんど 放置されて育ったと思う。 母親が結核で大手術 その後 何年も静養地で過ごしていた。 家には 女中と我々子供3人。 しかし兄とはほとんど接した覚えはない。

二つ下の妹は 彼女が生まれてすぐの頃から母親不在だから 私にとっては 3歳か 4歳ぐらいから 10歳の頃まで 母親不在の生活で 育ってきた。

妹は 両親不在なので 全面的に私に頼っていたのを思い出す。 私の姿が見えないと泣く。 どこに行くにも足手まといの妹がいる。 妹から逃げるように遊びに出かけた事も何回もあった。 しかし罪の意識はいつもそこにあった。

妹は 私がいないと トイレにも行けない有様で 私にとっては 軽い気持ちで妹から逃げると言う物ではなく 私の生きる自由を得る 必死の思いだった。 自由は罪の意識なしでは得られないのか・・・? 罪の意識が付きまとう自由は 本物ではない・・ つまり 逃げたとしても 自由ではなかったのだろう・・・。

まともの躾など されなかった私にとって 私の生き方は まるで戦争孤児のように 野生そのものだった。 そんな中 私が10歳の頃に 母親が 母親面して 我が家に戻って来て 私をコントロールしようとしても もう手遅れだった。

私にとっては すでに 私の生き方と言う物は確固たる物であった。 腹が減れば 食い物ありそうな所を漁る。 動物的本能で生きていたのだから 仕方のない事。 服はボロ 靴なサイズの合う物などない訳だから 裸足。

女中が居ても いつもいじめられて そこから 私と妹は 逃げ惑っていた。 よって 女中は私と妹にとっては 敵以外の何者もでもなかった。

母親にとっては 野生化した子供を それから どうこうしようとしても もうすでに 遅し。 自分の気持ちは反発にしかならない。 しかし 子供には 自活能力は一切ない訳だから 自分が食う物を得る為には 親に対して 最低の妥協を強いられる。 

母親にとっては なにをどうしても どうにも自分の思い通りに子供が動かないのが 又 苛立ちにしかならないつまり そこには 憎悪しか生まれてなかったと思う。

その頃から 私は いつかこの家を出て 自分で食って行こう つまり “自活”しか考えてなかった。 自活さえすれば 私は この親からの 弾圧から 逃れて自由が得られる そればかりが念頭にあった。

野生的に育った私は すべての社会の拘束は 弾圧的な物であり 自分の自由を阻む物にしか 写らなかった。 親から 始まり 学校も然り。 そして 仕事をすれば会社も 又 然り。

親・学校・社会からの弾圧に 私は 21歳の時に完全につぶされた。 苦しくて 苦しくて この苦しさから逃れるには 死しかない。

その頃 私は “自殺とは 人間に与えられた最高の自由”だと 信じていた。 死ぬ事で すべての弾圧から逃れられる。 こんなステキな事はないのではないか!

自分の意思で生まれて来た訳ではない。 自分の意思で 親を選んだ訳でもない。 自分の意思で こんな野生的な自分になった訳ではない。 すべては 強制的に与えられた自分の運命なのに・・・ それに耐える苦しみまで 追う義務は何処にあるのだろう。

でも “自殺” と言う行為で 自分は自由になれる。 そして 自分のこの苦しみから解放される。 その頃は 自殺に関する本を読み漁った。 

どれを読んでも 自分の考えを否定する物はなかった。 自分の苦しみに比べれば 自殺の怖さは たいした事はなかった。 自殺を決意してから 実際の行為に至るまで そう長くはかからなかった。

では なぜ 私は今 死なずに居て 生きているのか・・?

自殺を図って 助かるヤカラがいる。 彼等は 死にたい訳ではない。 彼等は 孤独な自分に誰かが注目して欲しいから自殺を図る。 リストカットがその典型である。 でもリストカットは自殺行為とは 又違うが 根本的な考えは 自殺を図って助かるヤカラと心理は 同じだと思う。 つまり 注目を浴びたい と 言う事である。

本当に自殺したい人は 絶対に人に見つからない場所を自殺の場所として選ぶ。 そして 絶対に死ぬ事が前提として 自殺する。

生半可な状態で 自殺を図り 助かる人は どこか頭の隅に 助かるのを仮定して自殺を測る。 そう言う人は 本当の自殺願望とは別個の物と 私は思う。

自分の事に話を戻そう。 なぜ 私は今 死なずに生きているのか・・・? 上に書いたような 自分は狂言自殺を試みた訳ではない。

私にとっては 苦しみから逃れるのが 目的であって 他の人から注目を浴びればいい訳ではない。 よって “死”こそが その苦しみから逃れる たった一つの方法だから 狂言自殺であってはならないのだ。

だから 私の場合 自殺は 何があっても必ず “死”に至らないと いけないのだ。 

そして 実行の時が来て・・・ 私にとって これで あと 数秒もすれば 自分は死ぬ! と言う確信が出来た時の喜びの瞬間があった。

その瞬間に・・・ 私は 自分が死ぬという行為を簡単に遂行できると 言う 今まで考えてもいなかった事に気がついたのだ。

私はいつでも 自由になれる “自分で自分が死ねる”と言う切符を手に入れた瞬間に 喜びを感じたのだ。 そしたら もう その切符を手に入れただけで とても 愉快で楽しい気分になれたのだ。

苦しい 苦しい と言う 気持ちとは 全然違い とても気持ちが軽くなったのだ。 今日は この嬉しい気持ちを大切にして 明日 苦しい時に 自殺をしよう。 いつでも すぐ 死ねる切符を持っている訳だから・・・今すぐでなくてもいい訳だ。

いつでも死ねる切符を得て以来 怖い物はなくなった。 その辺で いつ野タレ死にしても いい訳だから もう 気持ちが 自由すぎるぐらい 自由に感じて・・・ さて なにをどうしようか・・? と 色々考えて 結果 日本脱出を考える。

今から 考えると 無能な私が 外国に行くなんて 物凄く大それた事だけど  その時の私は 自殺にくらべれば 何の心配もなく なんの怖さもなかった。

以後 世界を転々とし 今 ニュージーランドに永住。 

そして その自殺切符は今でも大切に保管してある。 そして それは いつでも 有効切符である事が 私の今を生きる力を与えてくれている。
  1. 2010/03/02(火) 00:33:40|
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